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ジャクソン・ポロックは何がそんなに凄いのか

真ん中の細長いハガキ、珍しい

もう終わってしまいましたが東京国立近代美術館で開催されていたジャクソン・ポロック展に行ってきました。なんとなく珍しい場所でやるんですね。この美術館は初めて行きました。古典的な展覧会に行く事が多いからかな。ジャクソン・ポロックと言えば絵の具をぶちまけたような絵で有名ですね。こんなの誰にでも描けるだろーと思うかもしれませんが、そんな事はないんです。彼のどこが凄いのか、説明します。興味が無ければ読み飛ばして頂いても。詳しい方が見ると説明不足や疑問に思える部分があるかもしれませんが、今回は概要を分かりやすく伝える事に重点を置いてみました。ポロックの凄さが分からない!という人には答えもしくはヒントになり得ると思います。(などと専門家かのような供述をしており・・・ちょっと知っているというだけです。)

ポロックは絵の具を適当にぶちまけているように見えるかもしれませんが、実はちゃんと計算されているのです。実際に描いているところの映像が残っていますが慎重に描いていく過程が見てとれます。まず、もし適当だったとしたら画面にむらが出る事になるんです。たとえば絵の具が入ったバケツをキャンバスにぶちまる様を想像してみてください。キャンバスにはぶちまけた感ありありの絵の具しぶき模様が放射線状に広がると思います。では次に絵の具をたっぷり含んだ絵筆を振りかざす様を想像してください。今度は飛び散った絵の具が画面にまっすぐな線を描いているはずです。もしポロックがこのような描き方をしていたら、こんなに評価されていません。彼の絵には地と図が無いのです。簡単に言うと、背景(地)と絵の具で描いた部分(図)が均一で、どれが背景でどれが描いた部分なのかがはっきり分からない。そして特定の位置に同じ色や形が集まっている事もない。ぱっと画面を見た際に目の行き場、焦点がありません。先程バケツや絵筆を力任せにぶちまける様を想像して頂きましたが、あれだと明らかに"カタチ"が残ってしまいますよね。その"カタチ"を無くした。これがポロックの最大の特徴です。と、ここまで読んでもやっぱり自分にも出来そうと思う方も居るかもしれません。確かに。自分たちにも出来そうな気がしてきます。ただ、ポロックが最も偉大なのはこの一連の手法を誰よりも早く"初めて"行ったという事です。それまではキャンバスに絵の具をぶちまけて描くという発想自体が無かったのです。ポロックが初めてそれを実行し、これが私の完成した作品であると言って発表した事が凄いんです。ポロック以外でも、この絵のどこが凄いんだろう?と感じた場合は、その手法が"初めて"行われたものであるという可能性があります。ポロックは過去に、全てピカソが先にやってしまったと発言しています。ピカソは具象的ではなく限りなく抽象的な絵画を描いた事はご存知の通りです。それを超えようとした結果、ポロックの絵画が生まれました。ピカソだってセザンヌなどの影響を受けています。セザンヌも、そしてそれ以前の画家も過去の作家に影響を受けています。どこから絵画が始まったか、と言えばこれまた考察の余地がありますが、レオナルド・ダ・ヴィンチのように人間の骨格や筋肉単位で正確に描こうとしていた時代からモネやセザンヌのように抽象的に描こうと試みた時代、ピカソのように色彩や形まで原形をとどめないレベルに描こうとした時代・・・それら歴史の流れを全て背負った上でポロックの絵画は存在しているのです。誤解がないように補足しておきますと、ポロックが美術史の頂点であり絵画を究極に進化させた偉人、と言っているわけではありません。絵画の世界に誰が頂点とかはありえませんから。ある一つの観点から言えば、これまで誰もやらなかった事を始めてやった凄い人、という事です。試しに今言ったダ・ヴィンチ→セザンヌ→ピカソ→ポロックの順に画像検索してみてください。物凄く過程をはしょっていますが、何となく流れが分かると思います。いかがでしょうか。ポロックのどこが凄いのか分かって頂けたでしょうか。一人の画家について詳しく知りたいとき、その人の置かれた環境やその絵画に至るまでの歴史を含めて知る事でより深い部分まで理解できると思います。なんて専門家みたいな言い方でここまで書いてしまいましたが私程度の知識では語れない部分だらけです。生意気な書き方をしてすみませんでした!

いい天気

長くなりましたがここからは実際にポロックを見てきた感想。いやその前にまず疲れた。ポロックを力説してしまった。ちょっと一息ティーブレイクしてきます。してきました。あ、ちなみにちょっと一息ティーブレイクって言うのはグレーテルのかまどネタです。うんどうでもいいですね。

ポロック、やはり本物は凄い迫力でした。ポロックも初期では具象的な絵を描いていました。今回の展示では初期から晩年までの絵が時間軸に沿って並んでいて、どのような過程であのTHEポロックな絵が生まれたのかが分かりやすく見られたので良い展示だと思いました。初めから自分を持っている画家なんてなかなか居ないですよね。模索する過程を見る事が出来るのはとても興味深いです。

まず展示はポロックの小さな自画像から始まります。初期の頃の絵でまだ誰からも評価されていなかった頃なのでどことなく憂鬱で悲しい雰囲気を持っていました。そこから家族を描いたと言われる「女」などポロックとしては具象的な絵画が続いていきます。ポロックというと大きなキャンバスに大胆なタッチで描くイメージですが、初期の頃はとても小さな絵が多いですね。色合いやタッチから見ても自身の不安や孤独感の表れなのかもしれません。

更に進んでいくとだんだんとあのポロックらしさが表れてきます。そして今回のメイン、「インディアンレッドの地の壁画」。上の写真の左上のものです。なんとこの一枚で評価額200億円。200億円ですよ200億円。絵画史上最高取引額です。つまり世界で一番高い絵。こういう絵は偶然の産物な要素が大きいので複製できないですしね。一つの真っ白な部屋にこの絵が1枚だけで展示されていました。その部屋に入った瞬間から絵に歩いて近づいて行くまで、目が釘付けになりました。本物の持つエネルギーは凄まじい。本物の絵画というのはサイズから色味から画集とは全く違うもので独特のオーラと言うか迫力をまとっているものですが、ポロックの迫力はまた桁違いですね。この絵の場合サイズが183cm×244cmと巨大なので、小さな画集では再現不可能というのもあります。本当の大きさで鑑賞してこそ本当の凄さが分かるという感じです。近くで見ると絵の具が飛び散って盛り上がっている様がよく見えるので、ポロックの痕跡を体感できました。少し離れてみると、今度は作品の全貌を体感でき、絵画の一つの頂点を感じました。近づいたり離れたり、長い間そこに居座ってしまいました。人も少なめでしたし。何時間でも見ていたい気持ちになりました。

8畳くらいだったかな

これで実際に描いたんですよ

瓶がどれも可愛い

最後の一角にはポロックのアトリエを再現したコーナーがありました。本物のポロックのアトリエの床を撮影した写真が床に貼り付けられていて、絵の具や絵筆は実際に使用されていた本物が展示されていました。しかも立ち入りと撮影可。キャンバスからはみ出た絵の具の跡だらけで、床自体がポロックの作品のようでした。

キャンバスの跡が!

見てくださいこれ。キャンバスが置いてあった事が分かる白い四角い跡があります。こういうのって凄くリアリティがありますね。これは写真の床ですが、ここでポロックが描いていたんだなあっていうのが実感できる。しかもキャンバスは床の向きに対してきれいまっすぐ置かれていた模様。几帳面ですね。

今回のポロック展は本物を体験する事の重大さを再認識できた展覧会でした。大きな絵というのはそれだけで迫力があります。皆さんももし今後行こうどうか迷う展覧会があったとしたら、"本物でないと体験できない事"がどの程度あるか考えてみると良いかもしれません。巨大な絵であるとか立体物であるとかです。画集やネットでは体験できません。

また長い記事になったなあ・・・読む人の事を考えろと。
2012.05.20 00:30 外出 clap tb(1) cm(4)

よく耳にしますが「初めてやったから偉い」
というのは、間違えでは?
よく「作品」を見て下さい
画面の広がり、奥行、精神性、技術
どれをとっても超一級の作品群です
2014.01.28 18:37 [ 編集 ]

コメントありがとうございます。
一級品の作品、というのはおっしゃる通りで間違いありません。
私もそこは前提に置いた上で記事を書いたつもりでしたが「初めてやったから偉い」とまとめてしまったので重要な部分が入れ替わってしまいましたね。反省します。
ただこの記事はポロックの凄さが分からない、自分にも出来そう、という方に向けて書いたものなのでこのような書き方になりました。
芸術にあまり関心の無い方や勉強中の方の参考になればと思っています。そのような方に絵画の持つ精神性、画家の感情や思いなど、言葉にしづらい抽象的な部分をいきなり提示するのは酷だと思っているので入門編のような形で分かりやすく書いたつもりです。

またもしポロック以前にこのような手法を用いた画家が存在したとしたらどうなっていたでしょうか。いくらポロックの作品が素晴らしくても今程の評価は得られなかったのではないかと思います。
他の画家にしてもそうです。今までに無かったものを創造した、という事は偉大な事であり、それが二番煎じだった場合本質的な部分での完成度の高さが真っ当に評価されなくなってしまうのは事実だと思います。
なので私は「初めてやったから偉い」は必ずしも間違いではないと思います。「"芸術的才能に恵まれた者が"初めてやったから偉い」と書いたほうが正確でしょうか。
間違っているとしたら私の記事の書き方ですね・・・。

貴重なご意見ありがとうございました。
2014.01.29 05:32 [ 編集 ]

なんで今更?

「"芸術的才能に恵まれた者が"初めてやったから偉い」ではなく
「初めての試みが評価されたポロックは芸術的才能に恵まれているので偉い」ならまだ分かります。

初めてやったから偉いのではなく、創造したことが素晴らしいのです。まず、「偉い」という言葉を用いた事が理解出来ません。ピカソやポロックは個人的に表現せずとも発想が素晴らしい、尚且つ発想をも表現出来るなんて画家としてこんなに素晴らしい才能はないと思います。だからこそ名前に値が付き、作品に価値が付く。

素人に向けて書いたから画家の思想や生い立ちなど感覚的なものは省く等というのは、絵画の隣に張ってある誰が書いたかも分からないような個人的概念を基に書かれた説明文んらかわ変わりなく、さらに言えばとてもつまらなく腹立たしい。

芸術家としてのポロックを冒涜しないでくれと叫びたいぐらいです。
2014.05.12 13:29 [ 編集 ]

コメントありがとうございます。

お言葉ですが本編の記事自体はお読みになられたでしょうか。察するに殆どコメント欄での発言に言及されているように見受けられます。長くて興味が無いから読みたくなかったかもしれませんがその状態で反論することはできないと思います。

まずタイトルの「なんで今更?」ですが記事の中で書いたようにポロックの展覧会に行ったタイミングだったからです。コメントの冒頭で書かれている事も言葉狩りのレベルです。また「偉い」という言い方に違和感を覚えていらっしゃるようですが、「偉い」はコメント欄で書かれた方が居たのでその言い方に便乗したまでです。記事の中では一切書いていません。

「絵画の隣に張ってある誰が書いたかも分からない…略」は展覧会などで企画者や学芸員の方が書いたと思われる解説の事だと思いますが、これを否定されるという時点で通りすがりさんの仰っている事は中立的な立場や一般的な解釈というより個人的な意見になっていると思います。それが悪い事とは言いませんが、その点で言えば私は個人的にこの記事の書き方が適切だと判断しました。展覧会などの解説文はその絵画の背景に詳しくない方にも分かりやすく概要を説明するものです。その点ではこのブログの記事も同じ考え方です。確かに背景を知る者からすれば当たり前で説明不足でつまらない内容かもしれません。しかしそこからその絵画の事を少しでも知る事が出来る人が存在するのも事実です。

これも個人的な意見となってしまいますが、私は芸術というものが専門家だけの狭い世界で語られる特別なものになって欲しくはないです。もっと一般的に誰もが楽しめるものになれば良いと思っています。通りすがりさんは芸術にお詳しいようなのでご理解頂けると思いますが、芸術とはそもそも幅広い層に向けられたものです。(それを嫌う考え方を持った人や芸術家も居るでしょうがそちらの方が特殊な例のはずです。)

記事を読んだ上でも冒涜と仰るのなら通りすがりさんの考える「正解」を是非教えて頂きたいです。
2014.05.12 17:50 [ 編集 ]

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まとめtyaiました【ジャクソン・ポロックは何がそんなに凄いのか】

もう終わってしまいましたが東京国立近代美術館で開催されていたジャクソン・ポロック展に行ってきました。なんとなく珍しい場所でやるんですね。この美術館は初めて行きました。古典的な展覧会に行く事が多いからかな。ジャクソン・ポロックと言えば絵の具をぶちまけたよ...
2012.05.20 03:42 URL まとめwoネタ速neo